「koro」BOOK LAB.書籍紹介

作家(翻訳者等含む):榊原紘 出版社:書肆侃侃房 出版年:2023年

現代短歌が今、若者の間でブームになっているのをご存じだろうか。
友人から全く素性の知らない他人まで、あらゆる人と繋がることができるようになった現代、SNSでちょっとした言葉をつぶやくと様々な人が共感してくれる。短歌といえば、形式ばった堅苦しい表現ではなく、今や「エモさ」を伝播するツールなのだ。
今回紹介する『koro』の作者・榊原紘は、まさにそうした現代短歌の表現者だ。アニメや漫画の「推し」について短歌を詠んでみる講座などを発信し、人気を博している。
本作品は彼女の第二歌集で、さる8月に出版されたばかりである。短歌には、青く鋭い現代的な感覚が表れている。歌集の中で、特に気に入っているものを3つ挙げて、その美しさを見ていきたい。

どうしたら? 大きい川があるだけでそれが淀んでいてかまわない(「水際」p48)きみからの手紙を遺書のように読む 飛行機がゆく けど どこまで(「果報は奪う」p52)
言いたいの 海に傷痕あることもそこから人が生まれたことも(「死ぬまでのすべての春」p151)

この作者の長じて特徴的な点は、人の関係の描写を、広大なモノへの感情と重ね合わせるところである。短歌にまま登場する「ぼく」と「きみ」「あなた」という言葉から、何か特別な二者の関係へと目を向けさせられる。現代短歌らしい、私たちが普段SNSでこぼす軽口のような軽やかな表現と、雪や月、夕夜といった悠久的ながらも寂しさを感じさせる自然描写が挿入されることで、紙面の上に、波風のようなダイナミズムが浮かび上がる。
よく知られるように、短歌とは31字の限られた字数の中で、言葉にしきれない無限の思いを託す表現だ。小説のようには、登場人物の詳細やバックヤード、文脈が明示されることはほとんどない。なのに、私たちの記憶にどこか引っかかる、ありふれた日常や共通夢のような、なんだか分からないけど「知っている」という不思議な共感を呼び起こすのがたいへん巧みな作者だ。ひたすら関係が普遍化され、性別や年齢といった属性は捨象される。例えば2作目に挙げた歌などは、主観者が失恋したうら若い少女でも、妻に先立たれた老人でも、意味の通じる解釈ができる。だからこそ読み手を選ばず好まれる。
他方で、多くの短歌が連作として掲載されており、いくつかの歌を併せて詠めば、それぞれの作品に登場する特別な関係性への解像度が上がっていく。短歌の楽しみ方が分からなくても、短編小説のように文脈を補完して読むことも可能だ。
また、桜は散るから美しいという日本人の美的感覚が諸所に見て取れるのも、作品の内部へと惹きつけられる要因だろう。青春、恋、友情。あらゆる関係性は、ある種一瞬のきらめきだからこそ美しく、しかし取り戻せない過去として生涯心に残り続けるという感覚が作品の根底に流れている。
失ったものを数えつつ、それでも進まなければならないという喪失的なひたむきさが、独特の美的世界観をつくりあげる。言わば、生の絶望的な明るさ、前向きさだ。無責任に「がんばれ!」と放り出される応援ではなく、どんなことがあっても生き続けなければならない、現代社会の無情さ、厳しさを見据えたメッセージをも感じさせるのが、この歌集の蠱惑的な魅力だ。
冒頭で紹介した「推し」について短歌を詠んでみる講座については、近々書籍の形になって出版される運びとなっているようだ。現代短歌の面白さについて、この歌集とともに注目してほしい。

書き手:小松貴海