作家(翻訳者等含む):今井龍満 出版社:株式会社求龍堂 出版年:2023
こちらを見つめる、ダイナミックながらもどこか間の抜けた表情のライオン。
表紙がたいへん目をひく本書は、様々な生き物を題材にする日本人画家・今井龍満の作品を納めた図録だ。今年2023年の7月から9月まで愛知県メナード美術館で開かれた、今井の最初期作品から最新作までの作品70点を展示した特別企画展のものである。丁寧な解説やインタビューとともに、彼の作品を紹介している
今井のユニークで現代的な画風は、ポアリングと呼ばれる手法とハイセンスな色彩感覚によって構成される。ポアリングとは、絵の具をキャンバスに垂らして線を描く絵画の方法だ。筆で絵の具を直接塗るのとは違い、意図せぬ液垂れや揺らいだ線が生まれることが最大の特徴である。
本書のタイトルにもあるように、今井は生きものの活力や雄大さを、そうした描き方の〈偶然〉性に託して表現する。画家・今井俊満を父にもちながら自身の画家人生のスタートが31歳と比較的高年齢であった今井の作品は、生きものをモチーフにしているという点で一貫している。特殊な美的バックグラウンドと経歴をもつ彼は、最初期から画家としてのオリジナリティが確立されていた。
ポアリングそれ自体は他の絵画にも見られるが彼がとりわけ秀逸なのは、その手法的特徴を動物画に用いることを、唯一無二というレベルにまで引き上げている点である。先述したように、ポアリングはその特性上、理想的な絵を描くという意味において大きな制約が生じる。しかし彼はそれを逆に生かし、非常に躍動感のある溌剌とした動物たちの表情を描きあげている。
また、豊かで自由な色彩の表現は、ただ見たままを描く以上に、溢れんばかりの被写体のエネルギッシュさをそのキャンバスから放つ。父に連れられパリに在住し、若くして業界人と関わりがあったという過去が、彼の色彩的豊穣に寄与したのだろう。現代的かつ洗練された、華やかな色の取り合わせが、今井の作品に一層深い印象を与えている。
不安定に揺れる線と鮮やかな原色、手法的不自由さと配色の妙。これらのコントラストが両翼となって、生きるということの両面性がこれ以上ないほどユニークに立ち現れるのだ。
私は彼の作品から、ただひたすら生きなければならないという制約の中で、しかしどのように生きるかは主体の自由であるというような、生への懸命さの主張を感じ取る。あらゆる生きものは生きることに必死で、だからこそ私たちはその様に力強い美しさを見出すのではないだろうか。私たち人間とて、例外ではない。今井は動物画で有名だが、彼自身は人物画も同じ地平で描いている。生命の神秘というには優美に過ぎる、生きるということそれ自体の言葉にできない訴えかけが、今井の作品には表れているように思う。
書籍という印刷媒体では表現しきれない、ポアリングによって生まれた絵の具の立体感や陰影が見られないことは残念だが、それでもこの図録は、解説を含め今井龍満という画家のあり方の魅力を十全に伝えてくれる。初期作から最新作まで網羅した図録であるため、ぜひ今井龍満を知らない人にもこの機会に触れていただきたい。
書き手:小松貴海