「官能と少女」BOOK LAB.書籍紹介

著者:宮木あや子 出版社:早川書房 出版年:2012年(文庫版は2016年)

正確な定義ができない言葉というものは少なくない。例えば「少女」という言葉をいくつかの辞書で調べてみると10歳前後から17〜18歳の女性を指すという。児童や成人のように年齢による明確な定義はないのだ。
少女たちはさまざまな容姿・雰囲気、時に非現実的な存在として古来よりさまざまな文化圏で周囲を魅了し、諸芸術において重要なモデルもしくはキャラクターとして描かれてきた。仏文学者の澁澤龍彦は『少女コレクション序説』において、少女という存在が持つ異様なまでの客体性とそれに群がる周囲の熱量を紐解いている。フィクションの中の少女は真似できないほどの清廉さや無邪気さを持ち、その領域を侵すことの背徳感を内包し、そしてあまりにも儚い存在である。

宮木あや子は6つの短編で構成された小説『官能と少女』において少女や少女の象徴を可憐で美しいだけでなく、実にエロティックに書き表す。ロリータブランドのアパレル店員が恋した清らかで卑猥な宝石との顛末、幼児体型の養護教諭と美少年の刹那の恋物語、アイドルの夫の帰りを持つ幼い「妻」、動物のような恋人を持つ会社員、家族とはぐれて以来叔父と暮らすようになった浴衣の少女、愛する教師の出所を待つ大学生―いかなる者も立ち入れない清らかさを持つと同時に、時に暴力を含んだ官能の渦に飲まれる少女たちに私たちは目が離せなくなる。

しかし宮木の小説で見なくてはならないことは彼女たちの可憐さとエロティックさだけではない。夢と官能の世界に隣り合わせに存在する現実に彼女たちがどのような物語を付与し、彼女たちがどう先に進むのかということだ。6つの物語に通底しているのは時に目を背けたくなるような「愛情」だ。そして歪んだ愛を受けた少女たちは、悲哀と不条理に潰れるまいと無意識に夢と愛を含んだ物語をその身体に宿した。己が身体に教えた愛溢れる物語と現実の乖離が垣間見えるたびにギャップによる苦しみが私たちにも降りかかる。
『官能と少女』はフィクションの少女が孕む客体性を飛び越える。泥と傷にまみれ、痛みとエロスに足をもつれさせながら、彼女たちは愛情の形を問いかける。その問いは少女の定義以上に複雑なことに加え、誰しもが思い寄るべき問題として立ち現れるのだ。

参照:『少女コレクション序説』、澁澤龍彦、中央公論新社、2017年

書き手:上村麻里恵