作家:くどうれいん 出版社:ミシマ社 出版年: 2023年
「食エッセイの作者」と聞いて、どのような人を想像するだろうか。流行りのおいしいお店に詳しい。一人でもおしゃれな飲食店に入っていくことが出来る。高級レストランの店主と仲良し。などなど、食に尋常ならざるこだわりを持つ人を私はついイメージしてしまうのだが、『桃を煮るひと』の作者・くどうれいんは少し異なっている。
くどうれいんは、俳人・歌人としても活躍する作家だ。2022年までは会社員と並行しながら文筆活動を行っており、専業作家となった現在も、地元である岩手県盛岡市に拠点を置いて活動している。今回紹介する『桃を煮るひと』は、彼女の最新の食エッセイ集で、日本経済新聞に連載されていた作品を土台に、書き下ろしを加えた41編で構成されている。
本書のなかで、くどうは自分が美食家ではないことを明言している。彼女の「食に対する姿勢」が表れている箇所を以下に引用したい。
「こだわったものや高いものがとびきりおいしいこともあるかもしれないけれど、それよりも出来立てであたたかいことや、一緒に食べる人とどんな会話をするかのほうがずっと大事だと思っている。そもそも、いま世の中に売られているごはんはだいたいすべておいしいと思う。」(『桃を煮るひと』「小葱が太いとゆるせない」p71)
実際に本書に収録されたエッセイには、敷居の高そうなお店や、流行りのおしゃれな食べ物は出てこない。代わりにあるのは「生活感」だ。毎日の食事、生活のなかで起こる、ちょっとした出来事を切り取って綴られたくどうのエッセイは、温かく、親しみやすい。その親しみやすさがあるからこそ、日常の中におもしろさや楽しさを見つける作者の感性が光って見える。たとえば、「ねずみおにぎり」という作品は、炊き立てのご飯で作る二口サイズの小さなおにぎりについて書かれたものだが、くどうの手にかかれば塩とご飯だけでできた小さなおにぎりが、とてつもないごちそうに見えてくる。くどうはエッセイを通して、特別ではないものを特別にする魔法をかけている。
本書は、食エッセイでありながら、生活エッセイでもある。食べることは生きることなのだから、本来食べることを綴ることは、生活することを綴ることになるはずなのだが、面白いことに全ての食エッセイがそうであるとは限らない。現代の日本においては、食は娯楽化を遂げたからだ。そんな中で、『桃を煮るひと』は強く生活的である。食べることは生きていくことであるという当たり前のことを、忘れてしまいそうになったときは、ぜひ本書を手に取ってみてほしい。何の変哲もない日常が、いつもより輝いて見えるだろう。
書き手:伊東愛奈