「注文の多い注文書」
小川 洋子 クラフト・エヴィング商會(筑摩書房 2014年)
「ないもの、あります。」一見矛盾した言葉だ。だがそれは不思議な世界への入口にもなる。この世にないはずのものを「注文書」、「納品書」、「受領書」という往復書簡の形式で探し当てる物語。それが『注文の多い注文書』である。
今回小川洋子が自身の小説世界を飛び出して相棒に選んだのは創作ユニット「クラフト・エヴィング商會」だ。吉田浩美と吉田篤弘によるこの商會は普段は作品制作や小説、本の装丁などでその手腕を発揮している。吉田らは実在する人物であるが、クラフト・エヴィング商會は吉田たちが3代目であるという架空の設定を持ち、そして彼らはこの世に存在しない商品や書籍を世に送り出している。
小川洋子によって紡がれた、依頼人に関する5つの語り、「注文書」から物語は始まる。注文品である「ないもの」の正体は文学作品に登場するアイテムや人物、そして概念である。(どんな「ないもの」が出てくるかは本編を読んでのお楽しみである。) 彼らの依頼に応じてクラフト・エヴィング商會は文書と作品で構成された「納品書」を提示する。商會によって届けられた注文品を受領した依頼者の物語を再び小川氏が「受領書」という形で描き出す。
小川洋子は不在を描く作家である。彼女の著作の一つ『薬指の標本』、評論家布施英利による解説で、布施氏は彼女の小説世界における「体が消えていくこと」について論じられている。彼の述べたように、小川氏の作品は消えていく身体についての描写が各所に見られる。私はさらに小川洋子の不在にはいくつか種類があると言いたい。特にこの作品において不在とは、「初めから存在しないもの」である。文学に登場する現実にはないものを小説というアイディアで彼女は浮かび上がらせようとしている。小川氏がさまざまな作品で消えていくものや不在について描写してきたが、今回は本来存在しないものに対して「見つけてください」と依頼している。小川氏の傾向と少し異なるような実験的な作品である。これに対するクラフト・エヴィング商會の回答「納品書」も「ないもの」に対する誠実でアイディア豊かな答えで返されている。不在を描く小川洋子、そして「ないもの」を想像力によって編み出すクラフト・エヴィング商會。双方による謎と想像力を掻き立てる世界にこちらも誘われる1冊だ。
書き手 上村麻里恵
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