「〈美しい本〉の文化誌 装幀百十年の系譜」
臼田 捷治 (Book&Design 2020年)
いやしくも本屋の一店員として、ぜひ紙の本の魅力をお伝えしたいと常々思っている。今回ご紹介するのは、そんな紙の本の魅力について、装丁に焦点を当てて分析している解説書である。装丁の歴史やそれに関わってきた人々、現代の動向を詳細に紹介している。
表題に「美しい本」と記すだけあって、カバーには箔押しが施されておりカラーリングや紙の風合いなどにも繊細な心遣いが見られる。またカバーに隠れた表紙に至るまで細工がなされ、ぜひ手に取って見ていただきたい逸品だ。
なお、今回本書の詳細な内容について論じることは、専門的な知識に関する誤情報を流布させないためにも容赦されたい。本書は平易かつ表現豊かな文章で執筆され、また巻末に人名リストが掲載されているため、実際に読んでいただくことを推奨する。
さて、唐突だがレトロニムという言葉をご存知だろうか。
電子書籍の登場以来、昔から存在している紙製の本を、俗に「紙の」本と呼んで区別するようになった。これまでは本と言えば紙製の本一択であったが、デジタル技術の波及を経て紙以外の形式の本も誕生したためだ。
時代の変化と共に意味の広がった概念の中で、新しい意味(この場合では電子書籍)と区別するために、古い意味を現すための別の言葉、つまり「紙の」本という表現が後から名付けられること。これがレトロニムである。日本語では再命名とも呼ばれる。
電子書籍が存在感を強めてきた現代、本の需要は低下したと言われ続けている。実際、利便性や購入できる書籍の数では圧倒的に電子書籍に軍配が上がるだろう。そんな中で、それでも紙製の本を買うという行為がなぜ根強く支持されるのか。
それはひとえに、紙の本が質量を伴った物体だからである。紙の本が美しいからである。丁寧に装丁され、手に持てばサリと擦れる紙の感触とずっしりとした重みがある。身体に直接伝わるこの現実性に、人は価値を感じるのだ。紙の本を買う人々にとって、本の装丁は言わばプレゼントのラッピングだ。本の外観を眺め、どんな中身か期待しながらその本を買う。その作品の第一印象となる重要なファクターとなっている。
日本における装丁の文化は、ここ百幾年で大輪を咲かせた最近の文化だそうだ。日本の伝統的な製本法で作られた和本に対し、いわゆるハードカバーの本は西洋の製本技術をもとにつくられている。明治維新以来日本が積極的に西洋技術を取り入れてきたことは周知の事実だが、実は本の製本法もその一つだ。そして近代以降の日本の装丁技術は世界でも有数の隆盛を誇ったという。紙の文化は千年を超えるにもかかわらず、装丁の文化が近年取り入れられたものであるらしいことは、意外なギャップではないだろうか。
この本の中では、その装丁文化の黎明期に活躍した人物達の名前を挙げ、その変遷について当時の文学の流行や影響も踏まえて詳細に記述されている。
本書を読んで私が驚いたことを一つ挙げると、日本に装丁文化を持ち込んだのはイギリス留学から帰ってきたあの夏目漱石だという。
漱石と言えば『こころ』や『吾輩は猫である』などの作品があまりにも有名であるが、彼は自身の作品の装丁もまた自ら手がけたことがあるそうだ。文章だけでなく、それを形にする本全体を含めて一つの作品と見なしていたのだろう。
「美しい本」というのは内容だけで成立するものではない。それで良いなら電子書籍で十分である。内容に加えて、良くデザインされたカバーや帯がつき、表紙の質感、重量、文章の印刷された各ページが揃って初めてこの世に送り出される。人が紙の本を買い求める価値は、本書の言葉を借りるならば「本という小宇宙」に存するのだ。
本が背負ってきた歴史や文化の歩みを、装丁の眼差しを通して感じてみてはいかがだろうか。
書き手:小松 貴海
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