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「聖なるズー」
濱野 ちひろ 著 (集英社 2019年)
動物との親愛を信じる人は多い。しかしそれが性愛となるとどうだろうか。愛する家族として人はペットを愛するが、恋人や配偶者といった「愛するパートナー」としてはどうだろうか。動物を性の対象とする獣姦を想起するかもしれない。しかしこの本で著者が対峙する、動物と愛し合う人々「ズー」の行為や思いは私たちが想像する獣姦や単なる動物性愛とは全く異なるものだ。
著者の濱野は大学時代からパートナーに暴力を振るわれ続けていた。間一髪そのパートナーとは縁を切り、暴力の連鎖から抜け出すことができたものの、濱野にはセックス、そして愛に対してあまりにも懐疑的になってしまった。そんな彼女が大学院で性愛について今一度触れようとする中で出会ったのが、「獣姦」、そしてそれとは関係性を異にする「ズーファイル」・通称「ズー」の人々である。性的関係も含めて動物をパートナーとするという点でズーはマイノリティであるというだけでなく、動物虐待者として誤解されて社会的に厳しい立場におかれる危険と隣り合わせの存在だ。それゆえ彼らは表立って行動を起こすこと、そしてズーであることをカミングアウトすることはほとんどない。ドイツに実在するズーの団体・「ゼータ」はズーが所属する世界的にも非常に珍しいコミュニティである。濱野はズーの人々を、ひいては愛とセックスを知るべくゼータの人々にインタビューするためドイツへと向かう。「獣姦と何が違うのだろう」、「どんなふうにセックスするのだろう」、「動物とパートナーになるとはどういうことだろう」、疑問の数々はズーとの対話、そして生活によって明らかになっていく。
興味深いのは、濱野の目と言葉で描かれるゼータの人々、そして動物と関わりを持つ社会は一歩後ろに下がったものとして描かれる点である。インタビューという独立した研究行為を切り取ったものとは異なっており、濱野は彼らの生活の中に少しずつ足を踏み入れ、そしてズーの人々もそれを少しずつ受け入れていく様子が読み手に伝播してくる。
他者の言葉を完全に「理解する」ということは幻想である。わかったつもりで綱渡りをしているようなものだ。しかし研究ではそうはいかない。本当に他者になることはできなくても他者の言葉をできるだけ正確に、慎重に把握していくことが求められる。誰かのコミュニティに慎重に入り込む濱野、そしてそれを慎重に迎え入れるズー。彼らの理解する、理解される、話をする、耳を傾ける、沈黙する―関係性を構築するためのさまざまな手法がズーたちと彼女の間を行き来する。一見不可解で、人によっては生理的な嫌悪感を感じるものにはいかにして歩み寄ればいいのだろうか。この作品は他者と何らかの関係性を築き上げるためのさまざまな行為に満ち溢れている。時間がどれだけかかっても、言葉と態度を尽くし、慎重に築き上げられた関係性には誠実さと信頼が感じられる。誠実も信頼も、形も定義もし難い愛に近しいものではないだろうか。濱野ちひろが追い、問いかけた愛への旅をどうか見届けてほしい。
書き手 上村 麻里恵
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