自衛隊イラク派遣から20年

第1次イラク復興支援に、名寄駐屯地から、第3普通科連隊(当時、以下「当時」を省略)を中心とする部隊が派遣され、今年で20年が経過した。
フォーカス第4部は、イラクの復興支援に名寄駐屯地が果たした役割、派遣された隊員の声、留守家族を支えた協力団体、上級部隊長などの声、藤田明大司令と加藤剛士市長の対談、同駐屯地が担うべき今後の役割など「自衛隊位イラク派遣から20年」をテーマに、全9回に渡って掲載する。

①第1次イラク復興支援群への派遣

自衛隊が、海外での難民支援や救助活動、復興支援などの国際貢献を可能とする法律が制定され32年が経過した。
名寄駐屯地からも、イラク派遣以前に、1993年にカンボジア、94年にルワンダ、2002年に東ティモールに派遣され、国際貢献活動を展開している。
イラク特措法(イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法)が4年間の時限立法として、03年8月に公布された。同法に基づき、イラクの復興支援が始まり、04年1月に陸上自衛隊から先遣隊がイラクへ派遣された。
先遣隊に続く第1次復興支援群が、名寄駐屯地の他、旭川、留萌、上富良野、遠軽の各駐屯地など第2師団を中心に編成され、支援群長には、第3普通科連隊長兼名寄駐屯地司令の番匠幸一郎1佐が任命された。
名寄駐屯地からは、第3普通科連隊(以下「3普連」)を中心に、第4高射特科群、第2偵察隊、第2特科連隊第2大隊、第342会計隊の五つの部隊から100人強の隊員が派遣され、第1次復興支援群の中核を占めた。
一方、1月19日に、「名寄駐屯地隊区イラク派遣自衛隊員留守家族支援本部(本部長島多慶志市長・当時)が設置され、派遣隊員の家族を支える態勢が整えられた。派遣期間中は、隊員の無事帰還を願って、留守家族宅の訪問、現地とのテレビ電話、黄色いハンカチ運動、家族への動物園招待などが行われた。
1月31日には、壮行会が名寄駐屯地で行われ、多くの家族や市民などが参加し、派遣隊員を激励した。
また、2月1日には、第2師団において、小泉純一郎総理大臣(当時)らが見守る中、石破茂防衛庁長官(当時)から番匠支援群長に隊旗が授与された。
第2師団中心で編成された第1次復興支援群約500人は、2月3日に先発隊約80人が出発。その後、2月21日に本体の第1波約140人、3月13日に同2波約190人、21日に同3波120人が出発した。
派遣期間中は、主に宿営地の設置、警備、給水活動、医療支援、学校・道路など、イラクの復旧・復興支援に関わる多くの業務に携わった。
第2派で出発した隊員は、市民から贈られたこいのぼり約200匹を現地の子どもたちにプレゼントした。現地の人たちとの交流を図り、日本文化への理解を、より深めることができた。
およそ3カ月程度の任務を終え、5月17日に第1陣約110人が帰国。その後、2回に分けて全員が帰国した。イラクの復興支援は、北部方面隊の第11師団を中心とする第2次派遣隊へと引き継がれた。