地域と共に歩む名寄駐屯地 8

8 藤田明大名寄駐屯地 司令にインタビュー

藤田明大司令

―朔北の駐屯地である名寄駐屯地は、今年70周年を迎えました。名寄駐屯地が果たしてきたこれまでの活動や役割について、国際貢献、災害支援などの分野も含めて、お聞かせください。
司令 名寄駐屯地は、昭和28年に開設されて以来、約70年、名寄のマチの皆さんと共に過ごさせていただいてきました。その間、我々が活動してきた実任務は、大きく二つあります。
一つは、災害派遣です。担当の地域である道北地域の水害や行方不明者の捜索などの災害派遣。国内では、東日本大震災、胆振東部地震などの大災害が発生した場合に、現地に向かい救助活動をしてきました。
もう一つは、国外における国際平和協力活動です。来年で20年になるイラクの復興支援の第1陣を派遣するなどの活動をしてきました。
名寄駐屯地が果たしてきた役割として、地域の特性でもある地理的に一番北の駐屯地というのは、気象も含めて夏は暑く、冬は厳冬です。隊員の精神面も含めて強い部隊であり続けてきたからこそ、各種の任務を遂行できてきたものと思います。
イラクの復興支援に関しても、番匠司令・連隊長(当時)が第一陣として行きましたが、なぜ選ばれたのかを自分なりに考えてみると、第 3普通科連隊は「3」という数字が冠されています。現在は第3即応機動連隊ですが、全国の普通科連隊の中でも、一桁の番号の付いた連隊は、名誉ある部隊として、その名前が付いていたからこそ、自負を持って訓練をしてきました。強い部隊として認知され、信頼されてきたからこそ、第一陣として派遣の任務があった。昔から、名前が冠された時から、隊員の意識、訓練を積み上げてきた実績があったからこそ、今があるのではないかと思っています。
また、駐屯地全体としてのことですが、大きく言えば、存在することによる抑止的な役割を果たしてきたと思います。日本の一番北にあるところで、我々が存在するということ。存在するだけでなく、我々が所属する部隊が、しっかりとした訓練をやってきて、名寄の部隊は元気だ、名寄の部隊は強いんだ、ということを示してきたことで、「北への睨み」と言いますか、昔から続いている話ですが、存在すること、訓練をすることによって、抑止力の一端を担ってきたのではないかと考えています。
―昨年12月に、いわゆる「防衛3文書」が改訂されました。国際情勢は、日々変化しています。今後は、従来の任務に加えて新たな任務などが想定されると思います。改めて、今後の名寄駐屯地に期待されている役割などについてお聞かせください。
司令 ご承知の通り、昨年12月に新たな防衛3文書が改訂されました。「国家安全保障戦略」に基づき、防衛省として「国家防衛戦略」及び「防衛力整備計画」を策定しました。
特に、国家防衛戦略では、抜本的な防衛力の強化を図るため、7つの柱(スタンド・オフ防衛能力、統合防空ミサイル防衛能力、無人アセット防衛能力、領域横断作戦能力、指揮統制・情報関連機能、機動展開能力、持続性・強靭性)を重視すると定められています。
名寄駐屯地には、所属部隊が色々あります。我々にとって、陸上自衛隊というフィルターをかけ、名寄駐屯地の各所属部隊としても一番役割が増したところは、第3即応機動連隊では機動展開能力が求められていることです。第4高射特科群の「防空」は、陸上だけでなく、航空自衛隊・海上自衛隊それぞれの装備品を用いて、一つの一元的な指揮の下で防空をやっていくのが理想です。そういう面では、第4高射特科群は、統合防空ミサイルの防衛能力の一端を担う役割があります。
駐屯しているそれぞれの部隊が、国家防衛戦略の7つの柱の役割を担い、実践能力の強化に向けて、その役割を果たしていくことが、まず第一だと思っています。
また、国家防衛戦略の7つの柱は、将来に向けてどういう体制を作っていくかということです。その実現に向けて、訓練だけでなく装備品の充実であったり、現有の装備品をしっかり稼働させていくこと。加えて、新しい装備を研究開発も含めてつくっていくことも重要です。その点では、第3即応機動連隊は、第2師団の隷下部隊。第2師団は、陸上自衛隊の中の作戦基本部隊としては、唯一、研究実施機関に指定されています。研究実施機関たる部隊の一員として、新たな戦い方を創造・検証したり、現場で訓練して検証を行いながら、さらに、任務達成に向けて必要な装備品は何かを考えて要望していく立場であるので、抜本的な防衛力強化実現のため、スピードアップを図るための貢献を図っていきたいと考えています。
―名寄市は「自衛隊のまち なよろ」を標榜しており、日本で一番、駐屯地と市民とのつながりが深いとも言われています。6月には、70周年の記念行事が、市中行進を含めて盛大に行われました。あらためて、市民とのつながりについてお聞かせください。
司令 本当に私は、幸運な人間だと思っています。5年に1度、市中パレード・記念行事を、60周年の時から実施していますが、今年、70周年の節目に居合わせていただきました。そこで、あらためて思ったことは、市民の皆さんとの距離の近さ、なおかつ、皆さんの温かさ、信頼して理解をいただいていることを、目の当たりにすることができました。
市中パレードの実現は、我々の努力だけでは実現せず、実現に向けて、市役所や警察をはじめとする関係機関、協力諸団体の皆様のご支援・お力があったからこそ実現したと思っています。本当につながりが深いと感じます。これは、歴代司令をはじめとする先輩方のおかげだとも思っています。
これからのことになりますが、部隊で行われている活動内容や出来事などを、全国への発信ではなく、地域の皆様に向けて、より積極的に発信していきたいと思っています。
今回の特集もそうですが、着任後、例えば、特科連隊第2大隊の上富良野演習、新隊員の現状紹介などを、特集・記事として掲載していただいています。地域の皆様へ、我々の活動をご理解いただくための発信を、もっとやっていきたいと考えています。引き続き、このような情報発信活動を続けることで、さらに地域とのつながりが深まり、「新聞見たよ」「頑張ってるね」などと声をかけてもらえるような関係を理想としています。
―最後に、着任後、約半年が経過しましたが、名寄の印象などについてもお願いいたします。
司令 着任以来、市民の皆さんに温かく接していただいて、大変ありがたく思っています。言葉が適切かどうか分かりませんが、名寄市のマチの印象は、「丁度いい」と感じています。困らないと言いますか、趣味も含めて楽しく過ごさせていただいています。ゴルフ、パークゴルフ、釣り、自転車などが趣味で、アウトドアも含めて丁度いい。買い物をするにも便利で、楽しく過ごさせていただいています。
―本日は、大変お忙しいところ、本当にありがとうございました。