消えゆく馬との暮らし残したい

連載初回のコラムを改めて掲載する。
筆者は2015年、北海道和種馬を下川町内で飼い始めた。
ばんえい馬を飼う牧場主から牧草地や厩舎の一部を貸していただき、自分の愛馬を放牧。乗馬や林間放牧による森林整備、ホースセラピーなどを目標に日々、早朝や休憩の時間を使い、馬の調教・飼育を続けている。
 北海道の持続可能な暮らしにとって、馬が不可欠な存在と感じており、馬と共にある暮らしを下川町に残したかったからである。
 馬はかつて移動、運搬、農業など人々の暮らしに欠かせない存在だった。
夏は農耕、冬はそりを引いて造林搬出、木材運搬などで活躍していたが、機械化の波に押されて昭和40年代を境に頭数が激減。下川町内でも2015年2月1日付でポニー1戸3頭を含めて全部で5戸7頭。筆者が飼うドサンコを入れたとしても8頭しかいない。10年前の頭数と比べても3分の1以下に減少しており、開拓時代から受け継がれた馬文化が途絶えかけている。(今はさらに減少し全部で3頭)
「機械化に依存する暮らし」と「馬を生かした暮らし」。はたしてどちらが持続的な暮らしだろうか。筆者は「馬を生かした暮らし」が持続的と考える。
機械にはそれを作る資源、動かすための化石燃料や電力など多くのエネルギーが必要だが、馬は牧草地や森林に生える草を食べ、自ら繁殖も可能。資源を持続的に循環できる。それどころか、道のない森林や、積雪の中を移動することもできる。もう一度、馬との関係を見直すべきではないか。
 筆者は10年以上前、モンゴルを訪れた。針葉樹林の先に住むトナカイ遊牧民に会うために、小柄だが力強い「蒙古馬」に乗って森を越えた。乗馬初体験だった。モンゴル北部は下川町の自然環境と非常に似ている。さらに北海道には蒙古馬を起源とするドサンコ(北海道和種馬)が生息している。いつか下川町でドサンコを飼いたいと思うようになった。
 これまでの体験談を交えながら、馬と共にある暮らしの可能性を、連載で考えたい。

<今回は名寄新聞の2016年1月10日付掲載記事を基に再構成しました>


そして道北ネット初掲載で下川町班渓在住、武藤昭広さん(70)の馬との思い出を紹介したい。以下、武藤さんからお聞きした思い出です。
暴走馬に危機一髪の思い出
 昔は農家にとって馬は家族同然で、わが家にも私(武藤さん)が20歳になるまでいた。
 春の開墾、収穫運搬、冬の買い出しなど色々思い出すが、一番の思い出は乾草収穫時の出来事。
 昔はベールする機械などは無いので、草地に棒を立てて乾草を周りに積み上げたが、私は馬を使いレーキ(鉄の両輪を結ぶアーム上の座席に乗っている状態)で集草し終わって、帰る途中、出入り口の電牧を外そうと、馬を止め、馬の引いていたレーキから降りた。
 そのとき、馬の鼻面が電牧に触り、馬は驚いて前へ暴走し、私は背後から来た車輪に押し倒された。馬とレーキは出入り口の簡易電線を振り切って、狭い坂道を駆け下り、何も壊すことなく小屋に入り、レーキが入り口に引っ掛かった状態で止まった。
 遠目で見ていて状況の分からない両親は大騒ぎだったようで、私の後頭部には今もその名残の傷がうっすらある。52年前の懐かしい思い出である。


 以上、武藤さんの思い出でした。ありがとうございます。
<名寄新聞の2020年7月29日付掲載記事を基に再構成しました>


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