著者:チョン・セラン 斎藤真理子(訳) 出版社:亜紀書房 出版年:2018年
昨年のノーベル文学賞に韓国の女性作家ハン・ガンが輝き、アジア人女性初の受賞として日本でも話題となったことは記憶に新しい。それをきっかけに、韓国の文学に興味を持った人も多いのではないだろうか。今回は、ハン・ガン同様に韓国で活躍する女性作家、チョン・セランの『フィフティ・ピープル』を紹介したい。
本書は、韓国の文芸誌で連載され、2017年に第50回韓国日報文学賞を受賞した短編集だ。日本では、安芸書房の韓国文学の邦訳を扱うシリーズ「となりの国のものがたり」の記念すべき一作目として刊行された。著者のチョン・セランはSFやファンタジー、ホラーや純文学など幅広いジャンルで活躍し、その親しみやすさが若い世代を中心に愛されている。韓国文学の入り口としてぜひおすすめしたい作家だ。
本書の特徴は、52篇の短編が少しずつ繋がっているところ。各短編は人物の名前が題になっており、その人物を取り巻く日々が語られる。タイトルに『フィフティ・ピープル』とあるように50人の人生が描かれ(実際には51人の主人公がいる)、それぞれの物語が一冊を通して複雑に絡み合っている。前に登場した人物の子供やパートナーが、別の短編では主人公として描かれることもあれば、ある話で主人公だった人物が別の話では具体的な名前は登場しないほどの端役で再登場することもある。特定の話の主人公にはなっていないが、いくつかの短編を横断して登場する”隠しキャラ”のような存在もいる。「この人もしかしてあの話にも出てきた?」という発見が読むたびにあるのがおもしろい。巻末には人物索引がついており、「再登場キャラを見つけたら、ページ番号を書き込んでいって、索引を完成させてください」と説明されている。日本人にとって、耳慣れない韓国の人名を何人も覚えるのは一苦労だが、索引をワークシートのように活用すれば読むのがもっと楽しくなるだろう。
本書にはさまざまなドラマが登場する。初めての家出を決意した少女や、遺体を病院の霊安室に運ぶ仕事で食いつなぐ老人、夫が事故で植物人間になってしまった女性、などなど。彼らは、みなそれぞれに泣いたり笑ったり怒ったり愛したり憎んだりしながら人生を歩んでいくのだが、当然ながらその感情や考えの全てが、何の齟齬もなく他者に伝わることはない。ある話では嫌われ者として描かれていた人物が、ほかの話では誰かにとっての大切な人だったり、誰の目にも幸せそうに映る人物が胸の奥で大きな苦しみを抱えていたりする。このすれ違いによって、他者との間に衝突が起きることもある。自分が思う自分と、他人から見える自分には案外乖離があるのだ。反対に、自分では理解していると思っている他人のことが、実は全く見えていなかったりする。当たり前のようだが、つい忘れがちなそのことを本書は思い出させてくれる。
最後に、本書を的確に表している一文を本文中から引用したい。
「いちばん軽蔑すべきものも人間、いちばん愛すべきものも人間。その乖離の中で一生、生きていくのだろう」(『フィフティ・ピープル』p311)
本書を読めば読者それぞれの、心から共感できる人物、軽蔑したくなるような人物、年を取ったらこうなりたいと思う人物などと出会えるだろう。そういった人物たちに、自分や自分の周りの人を重ね合わせてみると、自分や他人を今まで以上に肯定してみようと思えるかもしれない。他者をわからないなりにわかろうとすることの美しさを感じさせる本書が、これからも国境を超えて愛されることを願う。
書き手:伊東愛奈
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