著者:坂本龍一 出版社:バリューブックス・パブリッシング 出版年:2023年
本好きには、他人の本棚を覗くことが好きな人が少なくないと思う。選んだ本やその並べ方から、その人の趣味嗜好だけでなく、人となりまで読み取れる、と言うのはもしかしたら大袈裟かもしれないが、本棚はその所有者の様々な面を表現している。たとえば、自分のお気に入りの本が、ほかの人の本棚にも並んでいたら、それだけで少しその人との距離が近づいたような気持ちになる。反対に自分と全く趣味が違っていても新鮮で面白いし、本の並べ方から相手の意図を探ることはとても刺激的だ。
私は自分の全てが見透かされてしまうような気がして、他人に自分の本棚を見せるのはやや躊躇してしまう一方で、知人の本棚にとても惹かれてしまう。隙あらば見たいと願ってしまう。今回紹介する『坂本図書』は、そんな本棚好きに、ぜひ手に取ってもらいたい一冊だ。
本書は、坂本龍一が『婦人画報』にて連載していた同名のコラムを書籍化したものである。全36回のコラムでは、各回一冊の書影と共に、坂本による読書レビューの文章が掲載される。つまり本書は簡単に言えば「書評集」なのだが、普通の書評集を想像していると、目次を開いて驚くことになるだろう。
書評では、ある一冊の本に対して一つの評論を展開するのが一般的だ。対して、『坂本図書』の目次には、書名ではなく、ずらりと人の名前が並ぶ。しかもその顔ぶれは非常に多彩だ。夏目漱石や『モモ』の作者であるミヒャエル・エンデといった作家、九鬼周造やジャック・デリダらの哲学者など、「書評」と馴染みのありそうな名前に加え、ローベル・ブレッソンや黒澤明、大島渚など映画監督の名も連なっている。さらに、1960年代から70年代にかけて興隆した芸術動向 “もの派”を牽引したアーティストである、韓国出身の李禹煥(リ・ウファン)がいるかと思えば、明代の中国に生まれた画家・八大山人の名が見える。ほかにも生物学者の福岡伸一の名前があったり、実験的音楽で知られる作曲家のジョン・ケージがいたりと、時代、国、ジャンルの多様さに、「これって本当に本の本?」と、タイトルの「図書」という文字を疑ってしまう。
さて、坂本はこのような多様な人物たちとそれに関連する各書籍について、非常に有機的にレビューすることに成功している。一見バラバラに見える坂本の選書が、実際は「坂本龍一を作り上げる本」という点で共通しているためだ。音楽や映画といった、坂本の仕事に深く関わる本が数多く掲載されている。さらに時間論や環境論など、晩年の坂本が熱心に考えていたテーマによって、本書に掲載された多くの本が、ゆるやかな繋がりを持っている。一通り本書を読み終えたあとにまた目次を開くと、人物名同士の繋がりがぼんやり、ときにはっきりと、浮かび上がってきて面白い。
なお、取り上げられている本の著者は坂本の友人であったり、仕事仲間であったり、坂本に影響を与えた人物であったりする。つまり本書は、坂本による人物録であると同時に、坂本という人物についての人物録と言えるだろう。私は冒頭、本棚はその所有者を表すと述べたが、本書の坂本ほど鮮やかに本によって自分を語ることができようか。読んだ本が自分の一部になっていくという読書の素晴らしさのひとつを思い出させてくれる本である。
書き手:伊東愛奈