作家:絵/加藤久仁生 文/平田研也 出版社:白泉社 出版年:2008年
思い出に欠かせないもの。それはきっかけとなるモノだ。
絵本『つみきのいえ』は、海の上にある家に住むおじいさんが主人公の作品だ。おじいさんは積み木のように積み重ねられた家に一人で暮らし、海面が上昇して今の家に住めなくなるとその上に新しい家を増築して過ごしてきた。ある日浸水に気づいたおじいさんは、新たな家づくりを始めるが大工道具を海に落としてしまう。それを拾うために潜水する中でかつての家々を通った彼は、その家に住んでいた頃のたくさんの思い出を振り返る。
本書は、作者の二人が制作した短編アニメーション『つみきのいえ』を絵本としてリメイクし描きおろしたものだ。2008年に発表された本作は、アニメ映画祭の中でも誉れ高いアヌシー国際アニメーション映画祭でグランプリを受賞した他、アカデミー短編アニメ賞など国内外数多の賞を受賞し高い評価を受けている。
リメイクの描きおろしとあってアニメーションとは異なる部分もいくらかあるが、おじいさんの郷愁を手描きらしい温かなタッチで描いている点は共通だ。おじいさんの暮らしぶりが丁寧に紹介される絵本では、アニメより朗らかな印象を受ける人も多いだろう。
本作が発表された2000年代後半と言えば、地球温暖化やその結果として起こる海面上昇に強い関心が寄せられた頃だ。2007年にIPCCが第4次評価報告書を発行し、ノーベル平和賞を受賞したことなどが話題に挙げられる。IPCCとは、気候変動に関する科学的知見を収集整理し評価する機構だ。この第4次評価報告書で海面上昇に関する内容が取り上げられた。
本書の中でもそうした要素が多く散りばめられている。例えばおじいさんの住む場所には、近所に住む僅かばかりの友人や行商人以外にほとんど人がおらず、おじいさんの子どもたちは別の遠い場所に住んでいる。かつては海の上にありながらも、多くの人々で賑わい活気に溢れる街だったが、今や見る影もない。
また、描かれる家々は増築に増築を重ねたことで先尖りになり、住む人のいなくなった家は海に沈んでいる。おじいさんの、敷衍すればこの世界の将来が示唆されているのだ。おじいさんは日々を長閑に暮らしているが、だからこそ読者は温かいはずの家に物悲しさを感じ取るだろう。
それでも、おじいさんはこの家に住み続ける。潜水してかつての家から思い出を受け取った彼は、また日々の暮らしを続けていく。おじいさんの回想を見ていると、思い出は思い出として記憶に保存されるのではなく、当時のモノを見るというキッカケを経て懐古とともに自然と思い出されるのではないかと考えさせられる。積み上げられた家は、おじいさんにとっては文字通り積み上げられた人生に他ならない。
人々に訴える問題提起がありながらも、それ以上におじいさんの人生、彼の思い出に主眼が置かれている。おじいさんという一人の人間の暮らしを描くことで、思い出の郷愁を通じて誰にも共感できる普遍性が表現される。そこに、現代の人々が直面する環境問題を登場させることで、より身近で現実的な質感が迫ってくる。ファンタジックな絵柄や内容であっても、あるいはだからこそより読者に肉薄する物語に仕上がっているのではないだろうか。
本書は、一辺倒ではない感動を与えてくれる作品だ。
書き手:せを