BOOKLAB.書籍紹介 ちぐはぐな身体 ファッションって何?

著者:鷲田清一 出版社:筑摩書房 出版年:2005年(プリマーブックス版は1995年)

 本書は1995年に筑摩書房の中高生を対象とした新書や専門書の入門としてのレーベル「シリーズ・プリマーブックス」の1冊として刊行された。文庫版の本書も初版から20年経過しているが、その中に示される問いや例示はいまだ新鮮で色褪せない点の方が多い。ヨウジヤマモトを纏いランウェイを歩くモデルが目をひく本書は、「ファッションって何?」の副題から、服飾史やそれに関する哲学を中心としているように見える。しかし実際には、私たちの身体を覆うものを超え、皮膚や病、感覚にまで言及する身体を取り巻くあらゆる現象を包括した内容となっている。

 自己や自己の身体を哲学の思想を軸に考えるにあたり、当時若き哲学者であった鷲田はふとファッションに思い当たった。哲学や思想史は人間を考える上で最も根源的な部分に触れる可能性のある学問の一つであり、かつ抽象的な物言いをするイメージがあるが、人間に最も近くに触れているものとして鷲田はより具体性に根ざした衣服とファッションに着目した。日常で纏う衣服、そして意図や狙いを持った衣服のデザインや衣服の着方を「ファッション」と捉えたのである。鷲田の議論は、隔たりのあるように見えた、刹那的印象を持つファッション、それと長期で一定の普遍性を持つ哲学の思想との距離を人間について考える時のより重要なキーであることを示し、そして日本のファッションデザイナーを例に挙げた比較的平易な内容での議論を展開することに成功した。鷲田は本書以外にも『モードの迷宮』や『ファッションという装置』、『ひとはなぜ服を着るのか』等で服装やファッションから人間の諸相を紐解くことを試みている。

 本書で挙げられるトピックは皮膚と服、そしてファッションを行ったり来たりする構成は私たちが服を脱ぎ着しながら生活を送っている様子そのものを思い起こさせる。まさに「ファッションって何?」という問いは今日の流行の目まぐるしさにもかかわらず、いまだ新鮮な問いとして私たちの頭の中で目まぐるしく駆け巡るだろう。その中でも様々なトピックの軸となっているのが、「隠すこと」、「逸脱すること」、そして「矯正すること」ではないだろうか。衣服に込められた意図やデザイナーの意思、そしてそれらの狙いを外すことはそれぞれこの「隠す」「逸脱」「矯正」のいずれかが含まれているように思われる。この言葉を頭の片隅に入れながら読むと本書の身体と衣服、社会をミクロにもマクロにも行き来する語りを鷲田の講義を聞くような感覚で読むことができるだろう。

 そして本書に触れたのち、道すがらのマネキンや人間、クローゼット、SNSの画像や広告を見て、私たちはどんな身体を持ち、あるいは抜け出したい/堅持したいかということについて考えることもできるかもしれない。ふと選んだ服、あるいは悩んで選ばなかった服に対して機能以外の意味や理由を見出そうとした時、あなたの「ファッション」、ひいては社会に対しての自己を捉える営みが始まっているのだ。

書き手:上村麻里恵

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