BOOKLAB.書籍紹介 夜間飛行

作家(翻訳者等含む):著/サン=テグジュペリ 訳/堀口大學 出版社:新潮社 出版年:1956年(2012年改版)

空を飛ぶことは人類にとって長年の悲願だ。アメリカのボーイング社は今年6月、宇宙飛行士を乗せた新型宇宙船スターライナーを打ち上げた。本格運用に向けての初の有人試験飛行であったが、打ち上げ後に不具合が見つかり、2ヶ月経った今も2名の宇宙飛行士が国際宇宙ステーションに滞在し続けている。おりしもこの記事を書いている8月8日の朝、帰還に関する続報が出たところだ。クルーの無事を祈るばかりである。
前人未到の闇を平らげようとするこの試みは、『夜間飛行』と重なってハッとさせられる。サン=テグジュペリと言えば驚異的なロングセラー『星の王子様』が有名だが、彼の文学としての骨頂が表れているのは本書だろう。
郵便飛行業が始まってすぐの頃、多くの批判や問題視がなされている最中に、危険な夜間飛行を敢行した人々の物語だ。航空会社の支配人リヴィエールを中心に、飛行中の操縦士ファビアンや現場で働く監督などの様子が描写される。
リヴィエールは支配人として厳しい命令を下し、操縦士らを夜の暗闇に送り出す。厳格なその姿勢の背後には、自身の意志が郵便飛行の行末を左右するという責任がのしかかっている。そんな中ファビアンの操縦するパタゴニア便との連絡が悪天候により途絶えたことで、現場は緊迫していく。
作中では畏怖を抱かせる自然の強大さと、なす術なく翻弄される人間の矮小さがドラマチックに対比されている。だがリヴィエールの存在によって、また彼の抱く精神の崇高さによって、人間の物理的な矮小性は打ち消され、それどころか理念における人類の力強さが全面的に立ち現れるのだ。僅かながらも確固たる歩みを信じる人々の姿に、読者はひどく勇気づけられるだろう。
操縦士から見た美しい人口灯の光景には、飛行士として数多の修羅場をくぐり抜けた作者だからこそ表せる感動がある。サン=テグジュペリ本人の実体験に由来する、読者へ迫ってくる真実性というべき感動だ。彼にしか書き得ないその美しさこそ、サン=テグジュペリ文学そのものである。
人々の平凡な日常の象徴である灯に救われ、それでも冒険へと足を踏み出す操縦士の勇ましさ。反対にリヴィエールは、彼らに穏やかな幸せを捨てさせることへの苦悩を覚える。苦悩を経てなお厳しさを捨てず、夜間飛行を決行するリヴィエールの姿にもまた、人間精神の最たる高尚さが宿っている。様々な人々のそれぞれの姿は、どれも精一杯の生命なのだ。私が最も好きな彼の言葉を引用して、本記事の結びとしたい。

「ロビノー君、人生には解決法なんかないのだよ。人生にあるのは、前進中の力だけなんだ。その力を造り出さなければいけない。それさえあれば解決法なんか、ひとりでに見つかるのだ」(117p)

書き手:せを

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