作家:玉村豊男 出版社:中央公論新社 出版年:2010年
というわけで、準備段階から数えて八時間の苦闘の末、正調の一流品ができあがる。
われわれはこれをどこまで簡略化できるだろうか。(本文より引用)
普段の生活の中に欠かせない食事を自らこしらえる方も多いだろう。インターネットが普及した現代において、作ろうと思った料理の完璧なレシピはいくらでも転がっている。
しかしひとたび、ほんの出来心で、レシピというレールの上から脱輪してしまえば、完璧だったはずのレシピはとたんに無用の長物に成り果てうる。
特技や趣味に料理を挙げる人たちの中で、初めからレシピを見ずに料理を作り出せる人など存在するのだろうか。ましてや初心者になど、到底難しい。
その問題にある意味前衛的すぎる考えを提案したのが本書である。著者はワイン用ブドウの栽培やその醸造こそ手掛けているが、あくまで文筆家であり、プロの料理人ではない。しかし彼は、古今東西の料理を食し、それを自ら再現していく中で、レシピに内在した思考過程を体系化することに挑戦したのである。
体系化の方法もいたってシンプルである。彼は火・空気・水・油の四要素のみ(それを結んだのが本書のタイトルである「料理の四面体」である)が、複雑に絡み合い、料理という形で現れると結論づける。しかもその理論に基づけば、英国式ローストビーフとアジの干物の調理法はさほど変わりのないものと言えると書かれている。にわかには信じがたい。
しかし読み進めていけば、彼の理論は非常に筋の通ったものであり、かつ様々な料理に応用できるとすぐわかるだろう。
本書の冒頭では著者がかつて現地で食したアルジェリア式羊肉シチューについて、彼が旅したアルジェリアの雰囲気、そこで出会った青年との思い出とともに克明に描かれている。当時の写真とともに語られるエピソードは紀行文としても楽しめるが、面白いのは彼が帰国したのちに、日本で用意に手に入る材料のみでレシピの再現を試みる部分である。木炭七輪の代わりにガス・レンジを使い、フレッシュなマトンのかわりにニュージーランド産冷凍羊肉の骨なしを切り、現地の唐辛子はメキシコ製チリ・パウダーで代用する。完璧に再現できなくとも、レシピの本質を捉えつつ、彼は自室のキッチンにてアルジェリアを五感で思い出すのだ。そしてその経験は「四面体」の構築へとつながっていくのである。
レシピを暗記するだけが料理の楽しみではない。新たなレシピを創作するのも、記憶をたどって思い出の料理を再現するのも、あるいは足りなかった調味料を別のもので代用しながらなんとか作り上げるのも、立派な楽しみだと言える。そして本書はその楽しみを一つでも多く増やしてくれる本と言えるだろう。
文章:高橋龍二