作家:瀬戸千歳 出版社:秘密結社きつね福 出版年:2024年
虎とおばけが岩場から水面を覗いている。不思議な表紙だが、作品全体の奇妙な切なさや温かみが伝わってくるだろう。
瀬戸千歳による『鯨寄る浦 虎伏す野辺』は、2024年の文学フリマにて新刊として発売された書籍である。デザイン事務所に勤める傍ら、自身も作家・書籍デザイナーとして活動する氏の約2年半ぶりの個人誌だ。帯に書かれた「海。虎。おばけ。」のコピーの通り、海辺や死、そこに存する動物といったモチーフの短編が集められている。作者自身の精神性や物語に対する価値観が、19編の短編を通底して如実に立ち現れる。商業誌ではなく個人誌だからこそできる作品との向き合い方を、本書は教えてくれる。
ひとえに死、おばけといっても、怪談話のようなおどろおどろしさとは全く別の様相である。身近な人や親族の死とそれを見届ける生者の、別離のやるせなさや切なさなど、哀愁漂う温かみが特長だ。例えば最初の作品「光跡」に登場するおばけの麦野は「私」の生前の知り合いではあるものの、おばけという非現実的な存在となったことでどこか可笑しみを感じさせるポップさがある。
19編はどれも短く、壮大な物語というよりも断片的な個人の語りが多く見受けられる。そのほとんどに共通するモチーフが水辺、死、喪失、幽霊やおばけである。古来より日本には海の彼方にあの世があるという信仰があるが、これが本書に通底するテーマの一つだ。恐るべき死、生の対義語としての死ではなく、川が海へ流れるように、いつか生から向こうへと繋がっていく先の死が描かれる。言わば生の隣人としての死だ。語り手たちは家族や身近な人々、あるいはそれほどでもない知り合いたちの死を、様々な感情をもって見送るが、「死ぬこと」自体に対する不満を抱いているわけではない。受け入れざるを得ない事象をあるがままに受け入れる、ある種の諦めのような姿勢だ。読み進めていくと、どの作品も生者の視点で語られていることが分かる。本書における物語とは、常に死を眺める生者の語りだと感じさせられる。
陸と海が海岸線で隔てられるように、この世とあの世、生と死は、隣り合いながら分断されている。この境界を越えて行き来する存在が「鯨」や「虎」、「おばけ」たちなのだ。彼らは物語の中で実際に登場したり、語り手達の言葉だけで触れられたりと在り方は様々だが、見送られる死者と見送る生者を精神的に繋ぐ媒介者として描かれる。見ようによっては得体の知れない不気味なモノだが、本書では関係・絆の象徴として生者と共存する。彼らの存在がこの物語を、死や喪失をモチーフにしながらも悲しいだけで終わらない魅力ある作品へと押し上げている。
多くの読者が、取り残され見送る立場である語り手達にシンパシーを覚えるだろう。時には語り手の背後にいる作者への感情も同居するかもしれない。不思議で切ない気持ちを思い起こさせ、読書を通した作者とのコミュニケーションを楽しめるという2つの点で、本書はたいへん興味深い作品だ。
語り手:せを