第5回 商工会議所・商工会関係者に聴く
名寄商工会議所の藤田健慈前会頭(取材時は会頭)と、風連商工会の中尾公一会長に話を聴き、合併当時の状況、合併後20年が経過した現在と今後について話を聴いた。
藤田健慈前会頭
―合併の前後は、仕事や地域の役員として合併に関わっていましたか。合併の推移をどのように感じていましたか。
藤田 当時は商工会議所の議員ではありましたが、合併には直接関わっていませんでした。合併の協議会が設置されて、各組織の長などが委員となっていたように思います。名寄市民も合併には寛容で、関心はそれほど高くなかったと思います。当時、青年会議所の役員に、「未来志向のため、士別を含めて合併を議論してはどうか」と提案しましたが、実現しませんでした。
―風連地区は、合併反対派もおり、賛成・反対双方に期成会が設立され、住民投票を行いました。名寄側から見ていかがでしたか。
藤田 風連町の住民の意思をはっきりと示すため、住民投票は必要であったと思います。合併後のさまざまな協議・施策の展開には、住民の意思が必要です。名寄の方は、人口減や財政問題などがあって、経済界を含めて「合併はやむを得ない」という雰囲気であったと思います。住民投票については、名寄でも、実施して良かったと思っています。
―合併後、風連地区では、道の駅などの大型事業を実施し、名寄地区も同様に実施しています。両地区のバランスある発展としては、どう思われますか。
藤田 人口が増加し、マチの規模が大きくなって発展していく合併ではなかったはずなのに、合併特例債で箱モノをたくさん作りました。前半は、風連地区に、後半は名寄地区が多かったと思います。合併後の第1次総合計画についても、超短期間で策定しました。合併特例債の使い方を含め、新たなまちづくりについて、もう少し時間をかけて議論すべきであったと思います。
―合併して20年。名寄地区、風連地区とも、地域の人口は予想を超えるスピードで減少しています。商工会議所の活動などへの影響を含め、人口減少についてどう感じていますか。また、減少を抑えるための対策はいかがですか。
藤田 人口減少は、合併に関係なく進んでいくと思います。ただ、器が小さいと、減少のスピードは加速度的に進み、それが産業を衰退させ、さらなる減少が進みます。商工会議所が設置している地方創生会議では、人口2万人を確保しないと、総合病院をはじめとする専門的な業種が成り立たなくなる―と述べられています。既に、専門職である建具、畳屋さんなどはなくなっています。幸い、名寄には市立大学、市立総合病院、名寄駐屯地などがあります。人口規模からみて、このような施設があるのは恵まれています。人口減が進むと、名寄市を含めて周辺市町村にも人が住めなくなります。そうならないためにも、人口を2万人に留めるための対策を、危機感を持って進めていくべきです。
―最後に、今後の10年、20年を目指してどのようなことに取り組んでいきたいですか。
藤田 合併から20年が経過。合併の本質的な意味を再度とらえ直し、行政資源の選択と集中、さらには、民間の活力を用いた行財政の組み換えなど、あらゆる手段を使って、人口2万人を維持しなければなりません。加えて、広域連携をさらに進め、周辺市町村との役割分担と産業の育成を進めなければなりません。人口2万5000人を割り込んだ時点で、道議会議員の1人区の定数枠はなくなり、政治も遠くなります。今の名寄市は、行政だけが合併したようなもので、人も経済も一緒になれていないように感じます。風連地区、名寄地区ではなく、名寄市全体が生き残れるよう、地域の利害でなく、全体の利害を考えていくべきです。早くワンチームになって、全体の未来を考えるべきです。
中尾公一会長
―合併の前後は、仕事や地域の役員として合併に関わっていましたか。
中尾 当時は、商工会の青年部を卒業し、風連町商工会同友会の役員をしていました。経営する三喜屋洋品店の社長は父で、商工会長も富永紀治さんでした。商業者の一人として、父や富永さんの活動を、合併に賛成の立場で見ていました。
―風連地区は、合併反対派もおり、賛成・反対双方に期成会が設立され、住民投票を行いました。振り返ってみていかがですか。わだかまりなどは、ありませんか。
中尾 合併に推進の立場ではありましたが、商業者という立場上、見守っているという感じでした。合併後は、「合併しなくても、良かったのでは」との声を、賛成・反対の両方の立場の人から聞いたことがあります。合併特例債を使って大型事業などを実施できたことは、合併して良かったと思っています。わだかまりについては、スポーツや文化団体などは個々の活動を重視するので、一部に残っている面があります。商工会の活動でいえば、名寄地区(商工会議所)とも協力してやっているので、わだかまりはなく、特に支障があるとは思っていません。
―合併後、風連地区では、道の駅、市街地再開発事業、中央小学校の改築などの大型事業を実施し、名寄地区も同様に実施しています。振り返ってみていかがですか。
中尾 合併する前の風連町時代は、カーオアシス構想(道の駅構想のはじまり)がありましたが、市街地区をコンパクトにまとめるコンパクトシティ構想は、規模が小さかったと思います。市街地再開発事業は、合併しなければ、現在の規模で実施できたかどうか分かりません。合併特例債を使って、大型事業を実施できたことは良かったと思っています。特に、道の駅は名寄の玄関口としてにぎわいを見せており、交流人口も増えています。
風連商工会として、近隣の商工会との連携は合併前からやっており、特に下川町商工会とは同じブロックということもあり広域事業などを現在も実施しています。合併後は、名寄商工会議所とも、連合大売り出し、会議所が主体のヨロカの事業などにも取り組んでいます。合併前はなかったことです。人づくりという面では、合併後は進んでいるのではないかと思っており、そのことが商工業の発展につながっていると思っています。
―風連地区、名寄地区とも、地域の人口は予想を超えるスピードで減少しています。商工会の活動などへの影響を含めて、合併の有無と人口減少についてどう感じていますか。減少を抑えるための対策はありますか。
中尾 人口減少・少子化対策は、国がもっと強力な対策を進めるべきだと思っています。商工会の会員数を見ても、この20年で約3割減少しています。風連は店舗を設置する業種が少なく困っている面があります。例えば、総合繊維問屋は、札幌、旭川になく、道内では帯広にしかありません。
また、薬屋さんも、かつてはありましたが、現在はありません。飲食店関係はそれほどの減少を感じませんが、小売の商店については、以前は集落ごとにありましたが、ほとんどの集落でなくなりました。特に、車を持たない高齢者などは不便を感じています。人口減少は、合併とは関係なく進んでいると思います。
人口減少を止めるのは難しい面がありますが、移住者などは、特色のあるマチに移住する傾向があるので、特色・魅力あるまちづくりが必要です。
―最後に、今後の10年、20年を目指してどのようなことに取り組んでいきたいですか。
中尾 商工会の会員数は年々減少し、一定数を切ると北海道の補助金を受けられなくなります。商工会の活動を充実・強化して、会員数を維持していきたいと思っています。また、事業継承についても、難しい面はありますが、取り組んでいきたいと思っています。


