BOOKLAB.書籍紹介 ひとかけらの木片が教えてくれること:木材×科学×歴史

著者:田鶴寿弥子 出版社:淡交社 出版年:2022年

 生木の肌を思わせるクリーム色の表紙には表、背、裏表紙にかけて形のさまざまな木の欠片が並んでいる。表紙に写っている木片は実寸大ではなく、実際には1mm~3mmほどのごく小さなものなのだという。中には非常に長い年月が経過しており、指に少しでも力を入れれば砕けてしまうほどデリケートなものもある。木材解剖学の研究者として田鶴(旧姓:水野)寿弥子が日々向き合うのはこの小さな木片であり、文化財の一部、はるか昔に作られた遺物として長い時間を過ごしてきたものなのだ。

 木材解剖学とは、木片の分析を通じて樹種を特定し、年輪や木片の含有物質を分析する学問分野である。分析を通じてわかるのは樹種や物質の構成、木の状態だけではない。年輪や組成は数百年、数千年前の気候や大気の状態、ひいては当時の社会の物流や国際情勢まで考察する鍵になる。田鶴は京都大学の生存圏研究所に所属し、そこにある材鑑調査室で日夜何世紀も前の木片と向き合っている。分析対象となる木片は寺社や茶室といった歴史的建築物や神仏の像、面、義歯など人間や地域の生活、文化、宗教観や精神性を紐解く重要な鍵になるものばかりだ。
 本書は田鶴の研究歴を追うものであり、本州を中心とした木材利用の歴史や樹木それぞれの特徴、調査の方法といった研究に関する基本知識の紹介と共に、これまでの分析対象を振り返る。研究日誌や報告書よりも親しい言葉で語られるが、木材解剖学に関する知識は丁寧に伝える。

 文理二分の学問の困難と限界が指摘される中、文理融合や分野越境の研究に注目が集まっているが、田鶴らの研究はこの分野越境をまさに体現していると言えるだろう。歴史的建築物や制作物といった「文系的な」対象と、木材の科学的分析といった「理系的」ノウハウが密接に組み合わさっている。材木解剖学者の分析手法は様々だが、木片のプレパラートを作成しその組成や表皮の状態を観察したり、CTスキャンや放射光X線を利用した組織識別をおこなったりといった、まさに科学的な分析と言えるだろう。しかし同時に、その眼差しには神仏や建築物やそれらを作り上げた何世代も前の人々への畏敬の念や想像力に溢れている。

 田鶴の眼差しで筆者がもっとも印象に残った部分を紹介する。韓国由来の木製の仮面の材料や作られた背景を調査し時のことを紹介した章「私のふるさとは?:古い仮面が教えてくれたこと」の末部だが、田鶴が木材とそれで作られたものに対する謎に挑む研究者の姿と、事物の中に作り手としての人間や悠久の時間を見出す温かな眼差しや想像が同居している。

 また古面がヤナギ属であると同定できたことにより、ハンノキで作られる韓国国宝の河回面の一つではないか?という疑問を払拭できる可能性が高まりました。ただし、河回面ではなくとも、朝鮮半島由来の古いお面の一つである可能性が高いことが示唆され、日本と朝鮮半島とのあいだの歴史や交流を考える上で貴重であるといえるでしょう。それにしても、一体、どこでどのような意図をもって作られた仮面なのでしょうか。まだその問いに答えはでていません。
…(中略)…
 この古面から得られた1ミリ角程度の木片についてSpring-8で得られた膨大なCTデータをもとに3D構造模型を作成しました。いつもデスクの見える位置に置いているのですが、見るたびにこの古面が、「내가 어디에서 왔는지 압니까(どこからきたかしってる?)」と、垂れ気味の優しい目で、私の方に微笑みかけてくれるような気がしています。
(田鶴, pp.140-141)

 時には「古代の人々と会話しているような気分」で日々木片と向き合う田鶴の姿勢には、時間や組成といった地に足のついたデータを元に人々の営みや信仰や美の形までを見通し、その意思を受け継いでいこうとしているものに他ならない。木と共に暮らしてきたあらゆる文明と文化を思いながら、ページを捲りたくなる1冊だ。

書き手:上村麻里恵

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