BOOKLAB.書籍紹介 上林曉 傑作小説集 孤独先生

作家(翻訳者等含む):著/上林曉 撰/山本善行 出版社:青葉社 出版年:2023

深い瑠璃色の表紙に箔押しされた銀の文字が印象的な本。
京都で古書店を営む山本善行氏が〈旅と青春と死〉をテーマに厳選した、昭和を代表する私小説家・上林曉の作品集である。表題「孤独先生」の他、この選集の核となる「手風琴は古びた」など十一作を収録する。
上林と言えば、太宰治と同時期にデビューし、特に病妻ものを描く戦後期の私小説家として名が知られている。誰もが知る名作というほどのインパクトは薄いが、しみじみと心に浸透するような日常の美しさを表現した点で評価される作家だ。作家の素性に多少の色を加えたものを文学とするという私小説のあり方は、日本文学に特有のジャンルであり、当時の日本の生活を赤裸々に記した作品という価値がある。何気ない日常、よくある出来事だからこそ著者の色眼鏡に唯一無二の重みが生じるのだろう。私小説という形式の良さが強く出ているのが、上林曉という人物の作品だ。
山本氏は本作以前にも上林作品の傑作小説集『星を撒いた街』などの発行に携わったが、今作『孤独先生』はそれ以来実に十二年ぶりとなる傑作小説集第二弾である。病妻ものという上林に特徴的なモチーフを敢えて控え、旅と青春を描く作品が集められた。
上林は、世界大戦や妻の闘病、脳出血による半身不随など、多くの災難に見舞われつつ筆を折らなかった不撓不屈の作家として有名だ。しかしその作風はどこか若々しく繊細で、文学評論家からまま「絵画的」と評される美しい抒情性がある。「天草土産」や表題作「孤独先生」、選集の最後を締める「手風琴は古びた」は、特にその要素が読者の目に鮮やかに写り、本作の読後感からは上林作品の輝きだけでなく、山本氏の選者としての腕の良さも伺える。
さて、装画・挿絵については絵本作家の阿部海太がフルカラーで担当し、装丁も豪奢なあつらえで、本全体でそのテーマを表している。
電子書籍やウェブ小説で気軽に作品を読める現代だから、新しい年を迎える今だからこそ、手に取って楽しんでいただきたい書籍だ。
どういった点に紙の本としての良さがあるのか、未熟ながらも古本屋の一店員としてその魅力を述べたい。
まず手の凝った装丁である。新書サイズの本だが、十一作収録しているとあってページ数が多い。耐久性を高めるため、背継ぎ表紙(背表紙に革や布を継ぎ合わせる方法)やタイトバック(本文ページと表紙の背を密着させ型崩れを防ぐつくり)と呼ばれる加工がなされている。分厚いタイトバックは、糊で固められていることから本が開きにくいという欠点があるが、それも紙製書籍のひとつの味と言えるだろう。
また、栞紐や花布という布部分には、表紙の色と同じ青・銀が用いられ、本全体の一体感を底上げしている。ちなみに栞紐をつける加工は過程上、本文ページの上部を裁断しない天アンカットという製本方法を採用する必要があるため、栞紐をつけない製本よりもコストが多くかかる。文庫本などの廉価版書籍では、コストダウンのためにほとんど採用されないので、単行本によく見られるのが特徴だ。
その他、一般的にあるように背表紙にバーコードを印刷するのではなく、帯につけることで本単体でのデザイン性を高めるなど、細やかな部分も含めその装丁は、私小説文学の温かみや世界観を表現するのに大きく貢献している。
内容面でも外観の点でも、『孤独先生』は良い意味で時代錯誤な選集である。忙しさの増す日々の潤いとして、就寝前の相棒に最適だ。古典的な名作の手ざわりに触れてみてはどうだろうか。

書き手:小松貴海