著者:甲斐みのり 出版社:グラフィック社 出版年:2019年
なぜだろう、私にとってノスタルジーときいて思い浮かぶ季節は必ず夏だ。夏休みという特別な時間によって、なんてことない、でも強烈な経験が子供の頃の記憶に刻み込まれたからだろうか。そしてそのノスタルジーな夏にとって、アイスはなくてはならないバイプレーヤーだ。夏祭りで食べたかき氷。いつもイチゴ味ばかりの幼い私は、ブルーハワイを選ぶ友達のことを、大人なヤツだと一目置いていた。突然の夕立によって中断された庭あそびのあと、縁側で食べるアイス。バケツをひっくり返したかのような雨を眺めながら、おばあちゃんがくれる、凍らせて半分に折るタイプのアイスを妹と並んでチューチュー吸った。
さて、今回紹介する『アイスの旅』には、まさにノスタルジックなアイスが数多く登場する。まずは簡単に本書の内容を紹介しよう。メインとなるのは、青森県十和田市と、福島県小野町へ、著者が“アイスの旅”へと出た記録だ。十和田の色とりどりな屋台アイス、小野町で昔から作られるアイスバーガー。地元の人々から愛されるアイスを著者が実際に足を運んで取材する。
加えて、「地元アイスコレクション」、「旅先で出会ったアイス」、「東京で食べるアイス」という見出しで、様々なアイスが紹介される。特に、47都道府県のご当地アイスを綺麗な写真付きで掲載した「地元アイスコレクション」は必見。初めて見るはずなのに、なんだかなつかしさを感じるアイスが多く、冷たいものを見ているのにあたたかい気持ちになるから不思議だ。そのほか、アイスの歴史やコーンにまつわるコラムや、レトロかわいいアイスのロゴマークを集めたページなど、アイスに関する内容が盛りだくさんとなっている。
本書を読み終えてみると、そのタイトルの秀逸さを強く感じる。アイスには、なんて“旅”という言葉が似合うのだろう。ここでいう旅とは地域色豊かなアイスとの出会いを行く先々で楽しむという、地理的な旅のことでもある。しかしアイスの旅はそれだけではない。我々はアイスを通して、記憶の旅に出ることもできる。すぐに溶けてなくなってしまうアイスは、そのときの季節や場所や感情や、そのほかさまざまな情報と結びついて、溶けることのない記憶として胸の片隅にそっと残っている。本書に掲載されているどこか懐かしいアイスは、そんな眠れる記憶を揺り起こしてくれるのだ。そして読者は、追憶の旅へと誘われる・・・。
本書に掲載されたアイスのなかには、店主の高齢化や人口減少などの理由から、今後も作り続けることが難しいという状況にある商品もあるそうだ。福島県小野町のアイスバーガーも、元祖の店はなくなってしまった。そういった意味でも、アイスははかない。自分の記憶と結びついたアイスがなくなってしまわないように、バイプレーヤーであるアイスのことをもっと気にして生きてみようかな、と思わせる本である。
書き手:伊東愛奈