BOOKLAB.書籍紹介 将国のアルタイル27 (完)

著者:カトウコトノ 出版社:講談社 出版年:2024年

 本年1月にとある歴史ファンタジー譚がその連載に幕を下ろした。新潟県在住の漫画家・カトウコトノの『将国のアルタイル』は中世中東を思わせる架空国家・トルキエを舞台に国内最年少で将軍の座に就いた青年マフムートの視点から戦乱と国政を描いた漫画作品だ。講談社の少年誌「月刊少年シリウス」の新人賞を受賞したカトウ初の長期連載であり、同誌で2007年から総年数18年近く描かれ続けた。27はその最終巻にあたる。

 史実をベースとしたいわゆる「歴史漫画作品」は数多く存在する。著名なものであれば紫式部の『源氏物語』を原作とする大和和紀『あさきゆめみし』や近年話題性の大きいものであれば春秋戦国時代の中国を舞台とした『キングダム』も挙げられるだろう。他にも読み手にとっての歴史漫画はその人の数だけ頭に浮かぶのではないだろうか。

 一方、『将国のアルタイル』はベースとなる国家形態や文化は世界史から取り入れられている。主人公のマフムートが所属する国家はオスマン帝国を思わせるし、ヨーロッパを思わせる諸外国、中世のロシアや中国をモデルにしたと考えられる都市も登場する。文化のモデルやカトウが付与したエッセンスに思いを馳せてみるのも作品の楽しみ方の一つであろう。それと同時に、文化圏や民族といったマクロな視点とキャラクターの描き分けといったミクロな視点といった双方が実にバランスよく組み合わせられていることに驚くだろう。フィクションの軍記作品は語り手の歴史観に少しでも隙があれば簡単に瓦解してしまう難しさがあることは想像に容易い。カトウは綿密にストーリーや言葉を練り、一コマ一コマにわずかな崩れもない画面を作り上げている。カトウの力量がなければこの作品はそもそも存在せず、それに漫画家とそのスタッフ、編集者と一体で作品を作り上げているという気概からは漫画とは実は工芸ではないのかという気にすらなってくる。到底一人では作り上げられない壮大な構想を工夫し、分担することで実現する様子は美しい工芸品を作り上げる職人集団と近しい仕事をしているように思えるのだ。

 まさに世界史そのものを物語化したような壮大な世界観に、キャラクターそれぞれの信念や謀の交錯しあった緻密なストーリー展開、それらを表現する精緻な作画は読み手、とりわけ歴史に少しでも関心のある者であれば飽きる一部の隙も与えることがない。ストーリーの主軸となるのはトルキエだが、その周辺国家や敵国に相当する国家や都市の様相や人物もデザイン、思想を含めて一人も取りこぼすことのないように丹念に描かれている。とりわけ国家の信念と私情、国のバックグラウンドから生じるそれぞれの人物の生き方やその決意は、現代の治世や社会通念においても通じるものがある。「自己よりも大きなものの運命に相対した時、人は何を選ぶのか。」―その問いは作中で形を変えながら何度も問いかけられる。

 ところで、昨今漫画の長期連載は実に困難な時代となった。漫画は文化の大量生産と消費に否応なしに巻き込まれている。作品が終わったことに寂しさは禁じえないが、そうした時節において一つの物語をここまで丹念に、しかも完結まで導いたことに心からの敬意と感謝を表し、この作品が連綿と読み継がれることを願ってやまない。

書き手:上村麻里恵

参照:
【月刊少年シリウス創刊13周年記念スペシャル企画】★シリウス新人賞出身作家スペシャルインタビュー★カトウコトノ先生編 : 月刊少年シリウスbloghttp://blog.livedoor.jp/shonen_sirius/archives/75713281.html

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