著者:ポルガー 三島由紀夫 ヘミングウェイ 出版社:ポプラ社 出版年:2010年
百年先まで残していきたい作品とは何だろうか。
ポプラ社が2010年から2011年にかけて発刊した百年文庫は、まさにこのテーマを実現するための試みだった。国内外の文豪の短篇を漢字一文字の趣に合わせて編纂したアンソロジーのレーベルだ。百年文庫という名前に則り100巻が刊行されている。本につけられたスピンや帯、背表紙イラストの色が巻毎にそれぞれ異なっているなど、ポプラ社の拘りと理念が強く感じられる珠玉の逸品である。発刊当時は発売前から大きな話題となっていた。
さて、シリーズ42は“夢”をテーマに、ポルガー、三島由紀夫、ヘミングウェイの作品が選出されている。夢というと青春や無限の可能性といったフレッシュな印象を抱きがちだが、本作はそういった溌剌さとは趣を異にする。
ポルガー『すみれの君』は借金を背負いながらも貴族らしい華やかさを保つために金を使うルドルフが主人公だ。三島由紀夫『雨のなかの噴水』では、彼女に別れを切り出すというシチュエーションを夢見ていた少年・明男が、実際に付き合っていた少女に別れ話をする場面が描かれる。この2作より少し長いヘミングウェイ『フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』は、裕福な男マカンバーが、妻と狩猟ガイドを伴ってライオン狩りに挑もうとする話だ。
いずれも、明るく応援されるべき夢というイメージとはいささか距離がある。さらに踏み込んで言えば、夢を叶える行為の背後にあるプライドや蛮勇といった動機に焦点が当てられている。どの作品にも夢の動機とそれに対する主人公の行動、そしてその結末が描かれており、夢を追うということの可笑しみと苦みが伝わってくる。どういった結果となるのかは実際に手に取って読んでいただきたいが、ごく短い短編の中にこの構成が組み込まれていることは、著者それぞれの作家としての技巧の高さを示している。
ある種の俗っぽさをあえて夢というテーマに当てる点に、百年文庫が百年後まで語り継ぎたいと考える文学性を見て取れるだろう。そして、その文学性にふさわしい作品を選出する知識と編纂のセンス、文学に対する矜持も、作品の面白さと同時に感じ取ることができる。国内、海外の垣根を問わず様々な作家の作品を、テーマの一点で選び収めているという点でも評価できる。
コンパクトなサイズ感ではあるものの100冊という圧巻のシリーズであること、また10年以上前に刊行されたため現在市場での取り扱いが少ないことがネックではあるが、もし自分だったら誰の、どんな作品を選ぶかを考えながら読んでいただきたいレーベルだ。
書き手:せを