BOOKLAB.書籍紹介 競売ナンバー49の叫び

著者:トマス・ピンチョン 出版社:新潮社 出版年:2011年

 やっぱり、本を読むって、格好いいと思う。しかもそれが、難しい本だと、なおさら格好いいと思う。
 冒頭から身も蓋もないことを書いたのは、今回取り上げる本の作者がまさしく、世界中で「読んでいたら格好いい」、そして「読んでいないのに読んだふりをする」として、有名な本の著者だからである。
 トマス・ピンチョン。ノーベル文学賞候補の常連と名高いながら、難解あるいは理解不能と称され、発表するものはどれも大長編、長いものでは二千ページにも及ぶ、まさに超弩級の小説家である。しかも公的に発表されている写真は十九歳の時の写真のみ、という謎に包まれ続けている。御年八十八歳にして、十二年ぶりの新作『Shadow Ticket』を今年出版することを発表、それも六百ページの長編と、パワフルであり続ける作家である。
 彼の代表作『重力の虹』はその中でも特に難解で、千六百ページという重厚さも相まって、全米図書賞こそ受賞したが、当時候補となっていたピュリッツァー賞の審査員に審査を拒絶されるほどの問題作であった。それゆえ、名前は聞いたことがあるが一文字も読んでいない小説のたとえとして引用されることさえある、いわくつきの小説でもある。
 私がこの小説を手に取ったのも、もちろん虚栄心に満ち溢れていたからであった。ただせっかく読むならちゃんと理解したく、彼の長編の中でも二三〇ページと一番短い本書を読むことにした。
 結論から言えばそんな本書でも、かなり難解であった。入り乱れる登場人物と固有名詞、摩訶不思議な物語の展開、バカバカしい話の連続。しがみつくように読書しても、最初の五時間で進んだページ数は八〇ページ、こんな読書は初めてだった。
 話の筋としては主人公のエディパ・マースが、かつて交際していた大富豪のピアス・インヴェラリティの遺産の相続執行人に任命され、その処理を行う道中、世界を裏で牛耳っているとされている「トライステロ」という組織の存在に気がつく。その組織に関する謎を解くために奔走するエディパであったが、謎は解けるどころか増えていくばかり、という小説である。
 ピンチョンの作品の共通した特徴として、パラノイア、すなわち現実的根拠のない強い不信感が挙げられる。本書でも、エディパが謎を解くために得られるヒントはどれも根拠のない、けれどぱっと見れば正しいように見えるものばかり。その手がかりたちを前に、彼女はそれらを結びつけずにはいられない。彼の生まれ育ったアメリカが、かつてイラクを爆撃したように、根拠のない情報がやがて大きく、取り返しのつかない結果を導くように。
 そしてもう一つがエントロピー、膨大な情報量である。熱力学を語れるほど詳しくないので説明は割愛するが、簡単に言えばたくさんの固有名詞、そしてそれを裏付ける情報がたくさん隠されている。二三〇ページの本編に対して六〇ページ強の手引が収録されるほどに、彼の作品は用意周到である。その手引によって内容の理解をさらに深めていく作業はなんとも心地よい。そしてその遠い点と点を、誰かの支えを借りながら、線で結ぶその行為は、作品中描かれ、そして少し前まで批判的に読んでいたはずのエディパの行動とそっくりなのである……。なんと恐ろしいだろう。
 私は現在、古本屋でアルバイトしている。それも格好いいと思っている。しかも縁があり、こうやって新聞に書評を掲載させてもらっている。書評を書くって、やっぱり格好いいと思っている。しかも今回はすごく難しそうな本。なんて格好いいんだろう。
 けれど入門の仕方は、なんだっていいとも思う。どんなに見栄を張った入門でも、その先で得たものを自分なりに腹落ちできれば、結果オーライだろうとさえ思う。はじめは虚栄心に溢れた今回の(今回も?)読書は思わぬ発見をたくさんもたらしてくれた。そしてそんな読書を肯定してくれたような気がした、そんな文章が本書の手引にある。本書を翻訳した佐藤良明氏による、「49」についての説明である。果たしてタイトルにもある、この数字は何を示しているのであろう、私が教えを乞うように読んだ箇所である。それを引用して本書評を締めるとする。本書は表紙がすごくかっこいいので、それだけでも見てくれれば御の字である。
 僕も長いこと、ああだこうだと考えた。今となっては、かっこいいタイトルだよなあ、がすべてである。(本書より引用)

書き手:髙橋龍二

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